山野・史跡探訪

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help リーダーに追加 RSS 石筵川・銚子ヶ滝

<<   作成日時 : 2009/10/07 10:09   >>

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年月日: 2009年10月4日(日)

安達太良山系は沼尻の白糸の滝、達沢(現地発音:タッツァワ)の不動滝、湯川渓谷の三階滝等の名瀑を有し、いずれも観瀑は容易だ。和尚山から流れ下る石筵川にも銚子ヶ滝なる優美な滝があるとのこと。

母成グリーンラインから和尚山経由で安達太良山に登る道があり、その途上で銚子ヶ滝に立ち寄れるようになっている。もっとも、ここから安達太良山に向かう登山者は少なく、ほとんどのハイカーは銚子ヶ滝までの往復。案内板も安達太良山登山口ではなく、銚子ヶ滝入り口と書かれている。標高770mの母成グリーンラインの駐車場から、ダラダラと150m登ってから沢に90m下るだけで良いので、父を誘ってでかけた。

銚子ヶ滝入り口の案内板は沼尻側から母成グリーンラインを下っていくと見過ごしてしまう。料金所跡まで行って引き返して見つけた。歩き始めてすぐに石筵のふれあい牧場から上がってくる林道に出て、次の案内板まで林道歩き。事前にウェブで見た情報ではこの林道は未舗装で狭いとのことであったが、現在は舗装整備されており幅も広い。この道路にも銚子ヶ滝入り口の案内板があり、数台分の駐車スペース有り。林道の続きの破線は母成峠に真っ直ぐ向かうので、林道は峠道の道筋そのものなのかもしれない。

遊歩道はよく整備されていて歩きやすい。かつて人の手が加えられた山域らしく、赤松の木が多く見られる明るい疎林である。土塁が残されている。ということは昔はここまで放牧場があったということか。母成峠は戊辰戦争の激戦地。母成の東軍殉難者慰霊碑にある地図に拠れば、東軍は銚子ヶ滝の近くにも鹿砦を築いて間道となり得る昔の登山道も全て押さえていたようなので、その跡地である可能性もある。

谷への下降路は手すりと階段が整備されている。滝も良いが下流の大木が鬱蒼とした渓谷の雰囲気も良い。

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銚子ヶ滝は二段滝であるため釜と呼べるほどのプールはない。地元にとって雨乞いの滝であったとのこと。現地に説明板有り。

帰りに母成の東軍殉難者慰霊碑に立ち寄り。母成峠は戊辰戦争の趨勢を決した激戦地の一つであり、大鳥圭介や土方歳三らも参戦していた。会津藩以外に新撰組や二本松藩、唐津藩も戦死者を出している。戦後、西軍は東軍の死者の埋葬を許さず、遺骸は野ざらしにされていた。近隣の住民がひそかに遺骸を集めて埋葬したが、昭和53年に発見されるまで長くその存在は忘れられていたという。憐れだ。日本の偉人の一人とされている板垣退助もこの母成における所業は鬼畜の如し。小生、先祖が代々百姓だから戊辰戦争と直接の関係はない。明治維新は人類史上稀に見る偉業であったと思う。しかしながら、大政奉還以降に戊辰戦争という日本最大の凄惨を極めた内戦を行う必要があったのかについては大いに疑問だ。



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