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zoom RSS 中川散策・その3(藤の牛島駅 〜 幸手駅)

<<   作成日時 : 2018/03/18 23:37   >>

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年月日: 2018年3月11日(日)

行程: 東武野田線・藤の牛島駅 〜 倉松川排水機場 〜 権現堂堤 〜 東武日光線・幸手駅
     (時刻不明。歩行開始が12時台、歩行終了が17時台。)


今年も菜摘兼ねてどこか歩いてこよう。鉄道を利用して中川の上流で適度な距離を歩こうとすると半自動的にコースが決まった。東武野田線の藤の牛島駅を出発点とするのがよかろう。『藤の牛島』とはちょっと変わった名前だ。地図には駅の北方に『牛島のフジ』なる記載がある。国の特別天然記念物に指定された樹齢1200年の藤の木があるそうだ。花の見ごろに一度は行って見ねばなるまい。東武野田線が全線開通した1930年に『牛島駅』として開業しているのだが、その翌年には現在の名前に改称している。ただの『牛島』では格好悪いので、天然記念物の名にあやかったということか。でも牛と藤の母音の連なりが同じなので、つい『牛の藤島駅』と言ってしまう。間違いやすいから、いっそのこと『藤島駅』にでもすればよかったのではないかな。

春日部に関して知っていることはクレヨンしんちゃんの作者が住んでいたことだけで、国道四号線を通行する際
に春日部ナンバーの車を意識することはあっても、地形の起伏のない春日部に関心を持ったことは一度もなかった。実際、東武野田線の車窓から見る眺めは畑地混じりの住宅街が広がっているだけで、興味を惹くものは特に見当たらない。でも、鉄道利用すると現住所から短時間でスムーズにこれることを認識したので、面白そうな場所があるのであれば今後訪ねてみたい。

天気の良い日は輝度差が大きく、眼から来る刺激が大きい。休日に外出すると決まって頭痛を発症する。大宮駅で予兆を感じて頭痛薬を服用し、牛の藤島駅到着まで視神経を休ませた。

藤の牛島駅には駅前広場に相当するものが無い。付近に駅の案内が見当たらないし、駅の正面に立たないとその存在を認識できない。駅前の道路は狭くて商店街も存在しない。街中に無理やり駅を設けたという感じで、1930年開業の歴史がある駅としてはあまりに存在感が無い。ただし、利用する人は少なくないようで、駅から離れた場所に複数の駐輪施設がある。

駅前の道を一旦南下してから左折して東武野田線の北側に抜け、適当に東に進むと倉松川排水機場のある場所で中川右岸に出た。

中川(倉松川排水機場から下流部)
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地形図記載の情報からあまり期待してはいなかったのだが、実際の中川を見てちょっとがっかりした。元々の流れがあったのかもしれないが、現存しているのはただの排水路であって、平地に溝を掘っただけのように見える。人工的に設けた土手は存在しない。河川の氾濫で形成される自然堤防の類が存在するのか不明だが、両岸の最も高い場所と少し離れた宅地・耕地との高度差は1m未満である。

国道16号と交差する場所では川沿いに進めずかなりの大回りを要する。この辺りは人家が少なく、お目当ての菜摘もできた。半分目的達成である。天気も良いし頭痛も消えたので歩きを続行。

不動院野(ふどういんの)で県道と交差。その北側には廃棄物の光景を目にする。このような土地所有者が居る限りその土地のイメージ向上は難しいと思う。




杉戸町大字大塚の辺りまで来るとただの人工的な排水とは思えない雰囲気が感じられる。対岸なので未確認であるが、かつての蛇行の様子を残す地形が残っている。

大榎橋の庚申塔。


この辺りは農地が多くて雰囲気良し、

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県道に至る直前に見た『権現堂川用水之碑』。行書体なので読めず。この近くにも庚申供養由来と思しき青面金剛の碑在り。

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神扇落の合流点で一旦中川と離れる。神扇落を渡る場所に『神扇落悪水路土地改良区 竣工記念碑
』なるものが在る。改良区が竣工するとはおかしなタイトルだ。碑文に拠れば、排水機場を含む排水路の改修が竣工したことを意味するらしい。碑には当時の衆議院議員の名前が大きく彫られているのであるが、碑の撰文は土地改良区理事長のものであり、この衆議院議員がこの事業にどう関わったのかは記されていない。

神扇落悪水路土地改良区 竣工記念碑
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めずらしい日本在来種のタンポポ発見。


悪い輩はどこにでもいるものだ。幸手市大字長間蛭子(びろご)の河畔林内に大量のごみが投棄されている。


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一部の汚い場所を除けば総じてきれいに整備されていると言えよう。梅、サンシュユやマンサクがちょうど満開。

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幸手市大字長間の県道の橋を渡って左岸に移り、以降、宇和田公園までずっと左岸を歩く。

橋を渡って宇和田公園に立ち寄り。


宇和田公園は利根川東遷事業に伴い整備された権現堂川堤の名残を留める場所とのこと。こんな場所があるとは知らなかった。庄内古川改修記念碑が建つ(庄内古川とは中川の中流部の昔の名称)。

庄内古川改修記念碑(昭和3年建立)
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地形図を見る限り、宇和田公園よりも上流側は権現堂川(旧渡良瀬川)そのものにしか見えない。赤堀川が開削される以前は利根川と渡良瀬川の全ての水が権現堂川を通りそのまま江戸川となっていたはずであり、宇和田公園以南の現在の中川を流れていたはずはない。とすると、宇和田公園より下流の中川は人工的な水路ということになる。しかしながら、下流部の中川の一部は自然発生的な流路を有しており、全てが人工的とは思われない。庄内古川に関する詳細な解説資料があればいずれ見てみたい。

宇和田公園付近にはブラックバス釣りが多数いた。ウィキペディアによるとここまでアユが遡上してくるらしい。できることなら利根川に接続する水路を設けてあげたい。

旧権現堂川の川幅は広い。宇和田公園以南の中川では目にすることのなかったヨシ原が広がる。

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圏央道を過ぎて左手に幸手工業団地を見ながら堤防を進んでいくと、ある場所から道が踏み跡程度になる。前方には人工的な仕切りと駐車場が見える。権現堂川の一部が釣り堀になっているようだ。幸い、下流側の門が開いていて中に入ることができた。下流側がブラックバス釣り区、上流側がヘラブナ釣り区になっている。この先は自然地形の川岸となり川沿いに移動できなくなるため、釣り堀の入り口から出て川沿いの一般道を進む。

権現堂河岸の水神社(幸手市北三ノ六)
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説明文に拠れば、昭和初期まで江戸川を利用した舟運の要所として栄え多くの廻漕問屋があった場所であり、水神社には船頭たちが信仰する大杉様が祀られているとのこと。この辺りは周辺の地域に較べて7mも高い。

程なく県道との交差点に至る。幸手駅に向かう前に県道の先の様子を窺って見た。おぉ!ここが有名な幸手権現堂桜堤であったか。さぞ賑わうのであろうな。機会があったら一度は見てみたいものだ。

幸手権現堂桜堤
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幸手市の道路はごちゃごちゃしていて、よそ者がナビなしで入り込むと必ず迷う。自身、過去何度か車で入り込んで迷走したことがある。今回は徒歩だし街の案内図も参考にできるから迷わないであろうと期待したのであるが、またしても迷った。去年道に迷った田沼といい、今日の出発点である藤の牛島、そして幸手も、なんで駅の案内がないのだろう(あったとしても目にしなかったのだから意味の無いレベル)。適当に歩いて東武日光線の踏切で駅の方向を判断。だいぶ遠回りしてしまったけれども、肉刺ができることなく順調に歩き通せた。

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